チェーン・スポーキング

カルチャーずるずるモノローグ

18年2月:92年生まれ25歳の「リバーズ・エッジ」と「完全自殺マニュアル」

【Chain】

 

もっぱらクラブに出入りするようになった。

 

特に踊りが得意な訳でも、音楽の知識がある訳でもないが、

年明けあたりから急にハマり始め、主に渋谷近辺に立ち寄るようになった。

アナログなサウンドが性に合うので、ディスコなパーティに顔を出すことが多い。

 

フロアの環境が好きだ。

誰も自分のことを気にしない状況で、匿名者に成り下がりながら、誰にも見つからずに暗がりで踊るのがちょうどいい。

重低音に心臓の動きを全て委ねるのも、明け方の外気に触れて自分が溶けるような感覚に陥るのも、全てが心地よいのだ。

 

その、自分が無に溶け込んでいるという実感の中から、ふと「生きてるなあ」と感じることがある。

 身体中のあらゆる「自力」を棄て、身体を音楽に寄りかからせながら、

いてもいなくてもいい環境の中で、自分というものを実感する。

だからもっぱら渋谷に通う。

 

【Movie】

 

Base Ball Bearの「17歳」という曲の中に「生きている気がした気持ち」という歌詞がある。それをiPodで聴きながら「あー、今超生きてるわ」なんてバイオリンを担いで帰ったのが、自分の高校生時代である。

その時の「生きる実感」とクラブで踊る「生きる実感」はもうかけ離れている気もする。感じかたを徐々に変えていきながら、いよいよ生き長らえて社会人になった。

 

20数年も生きていると「超生きてるわ」なんて、普段あんまり思わないもんである。

ただ、ふとした拍子、……例えばクラブで空気に溶けたり、ジャクソン・ポロックのデカイ絵画を目の前にしたり、何か得体の知れないものを見てしまった時などに、それに近い実感を得ることはある。

 

リバーズ・エッジ 愛蔵版

リバーズ・エッジ 愛蔵版

 

  

リバーズ・エッジ」を初めて読んだときも、感想は「超生きてるわ」だった。

死体、自分より弱い者、自分より美しくないものを見下す誰かがいる。

そんな彼ら・彼女らを更に「神の目」で見つめる自分がいて、

目線を同調させたり、見上げたり、見下したりといろんな角度から迫っていく。

 

彼らが「見下す者」のワンオブゼムであるように、「リバーズ・エッジ」を読む自分もワンオブゼムであること、そして見下すことで「生きている実感」を得ていることに気づく作品だ。

 

そのワンオブゼムがどういった表情をしていて、どういったことに喜び、悲しんでいるかにフォーカスを当てたのが、映画版「リバーズ・エッジ」である。

 


映画『リバーズ・エッジ』、小沢健二が歌う主題歌「アルペジオ」入り予告編

 

岡崎京子の白く抜けたタッチからはやや遠くて、厚みが出てしまっていた。原作の方がもっとみんなおちゃらけていたし残酷だったな、と思う。平面のままでいるべきものが妙にぬめぬめとしたテクスチャで立体化しちゃったような感じである。

 

でも、二階堂ふみのインタビューシーンがリアルで忘れられない。

映画冒頭でグロテスクに焦げたぬいぐるみを持ち、空っぽの笑い方をする。

どんな時代の「最近の若者」よりも表情が空虚だった。

だからこそ、死体を見つめる顔を生き生きと感じる。役者の表情のコントラストが強い作品だった。

小沢健二の主題歌が底抜けに明るいサウンドなのも、時代の空虚を表していると考えると合点が行く。(もっとグランジっぽいBGMを想像していた)

 

【Book】

 

「リバーズエッジ」とだいたい同じ時期に出された本に「完全自殺マニュアル」という作品がある。

  

完全自殺マニュアル

完全自殺マニュアル

 

  

「いつでも死ねるような状況を作ることで、生きている実感を得る」。

そういったコンセプトのもと、首吊りや飛び降りの正しいやり方と失敗例をレクチャーする、トンデモナイ本である。

結構タメになる(?)もので、人間が死ぬということがどれだけ難しいかを知ることができる。

 

数年前にたまたま神保町の古本屋で実物を見かけたものだから、つい手に取ってしまったのだが、ちょっと中身を覗いたきり本棚の肥やしになっていた。

映画を観る前、何も考えずにパラパラと読み返していたところ、よりによって前の持ち主の痕跡がべったりと付いているのを見つけてしまい、ギョッとしてしまう。 

 

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元の持ち主は、なぜこのページにマーカーを引いたのか。

持ち主はどういう気持ちでこの本を買ったのか。果たしてこの本を「使った」のか。

終わらない、何もない平坦な戦場の中で、どうやって「生きている実感」を探そうか迷い、買ったのだろうか。

 

この本が、刊行された当時1990年代における、ーー少なくともこの本の前の持ち主にとってはーー「川沿いの死体」の役割を成していたのではないか。映画を観た後にふと、この古い本のことを思い出した次第である。

 

【chain】

 

80年代だろうが90年代だろうが2018年だろうが、「平穏」は生きる上での最大の敵のようだ。平穏に抗いながら、タバコも吸うしクラブにも通う。

ドキドキする何かを得ようとする。

 

自分にとっての「川沿いの死体」が、古本屋で見つけた「完全自殺マニュアル」とクラブ通いと考えると、1990年代を生きた自分と同い年くらいの若者とあんまり変わってないような。

まだまだ本当の宝物には出会えてないはずだ。

 

ちなみに今のスマホの待ち受けは漫画版の山田くんである。

美少年最高。