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チェーン・スポーキング

カルチャーずるずるモノローグ

同じ絵を15分見続けるんです

夏休み、国立近代美術館の学芸員さんの下で勉強会を行った。180分現代アート漬け×3コマという濃密プラン。拙いプレゼンの足りない部分をバッキバッキに補足していただいた。頭が上がらない。

 
先日、最終講義ということで色んな質問に答えてもらった。
例えば「なぜベーコンの絵に惹かれたのか」や「なぜ学芸員になったか」など。先生はひとつひとつの質問に、丁寧に答えてくれた。
その中でも印象的だったのは、「アートを本当に理解しているか分からない、どのような見方が正解なのか」という質問への回答。「正解というものはないけれど」と前置きした上で、先生の答えはズバリ、こうだった。
 
「一回の展覧会のなかで、15分間同じ絵だけを見続ける習慣をつけてみてください」。
 
例えば、私はアートを鑑賞するときに「あー、これはあの理論を使ってんだな」とついパターン化して観てしまっていた。「満足感が続かねぇ…観た気がしねぇ…」というのが目下の悩みだったが、この「パターン化現象」も、やはり原因は鑑賞時間が短いせいだという。大事なのは「理論に囚われず、ひとつの作品からどれだけ多くの発見を導けるか」ということらしい。タシカニー、タシカニ。
 
現代アートは、制作の背景を読み解くことに意味がある。そこにそういった表現がある以上、何かしらの伝えたいことがある」と先生は続けた。パッと見の判断でそれら伝えたいことを理解することなんてできるわけがないのだ。
 
勉強会の後、試しに15分同じ絵を見続けてみた。かなりキツイ。しかし、隅から隅まで舐めるように観ることで、今まで気づかなかった筆跡や色の混ざり具合など、細かい情報が少しずつ頭に入ってくる。自分の固定観念は、時間をかけてぶち壊せばいいのだな。
 
私にとって美術館とは整体院のようなもので、歪んだ骨盤を矯正してくれる場所だ。毎月通っていないと何となく身体が鈍るので、今までの下手くそな鑑賞方法ながらも何かしらの得ているものはあったのだろう。ただ、核心の本当に凝り固まっているところは刺激されていなかったのかもしれない。
 
勉強会で痛いツボをグイグイ押されたので血流が良い。濁らないうちにまた整体に行かねば。